メインコンテンツに移動

日米租税条約と属人主義課税

jinmei

最近ちょっとした調べ物をしたついでに、以前からモヤモヤしたままだった「アメリカ永住権を保持しつつ日本で数年間働くような場合の税金において日米租税条約はどう適用されるのか」という疑問について、自分なりにかなりはっきりした答えを得ることができた。詳細はかなり複雑なのだが、短く言ってしまうと、「租税条約によりアメリカの税制上非居住者扱いとすることは可能だが、手間や永住権維持上のリスクの点からおそらく取れない選択。二重課税は他の手段である程度緩和できそうなものの、アメリカ源泉所得についてはかなりの二重取られを覚悟する必要あり」が答えである。

以下はその答えに至るまでの調査結果の詳細である。いつものことながら、あくまで筆者の素人理解をまとめただけであるため、内容が正しい保証はまったくない。もしこれを読む人がいても、その内容を鵜呑みにして特定の行動を取ったり取るのをやめたりすることのないようにお願いしたい。筆者自身も、もしここで問題としている状況になったとしたら今回の理解をもとにしつつも専門家に相談するだろうし、他の人にもそれをおすすめする。

以下本題:

アメリカは税金に関して属人主義をとっている稀な国で、アメリカ市民や永住権保持者は居住地に関わらずアメリカ居住者と同じように課税される。このことはたとえば外国に居住するアメリカ人向けのIRS資料(冒頭のパラグラフ)にも明記されているし、より公式なところではたとえばCFR 1.1-1(b)でも”wherever resident”という表現で規定されている。

なお余談ながら、属人主義について検索するとしばしば「これはアメリカとフィリピンのみ」のように書かれた資料にヒットするが、国税庁の税務大学校による研究資料(PDF)によれば、フィリピンはすでに属人主義(資料では「市民課税」と呼ばれている)を廃止しており、(この資料の)現在ではアメリカとエリトリアだけなのだそうだ。

一方、アメリカは日本を含む多くの国と租税条約を結んでおり(IRS資料)、アメリカ外の国で居住する者についてアメリカの税制上軽減税率や課税免除などの特典を認めている。こうした特典と属人主義は(少なくとも完全には)両立しないのだが、前記IRS資料によれば実はアメリカはこれらの租税条約の多くにおいて”saving clause”と呼ばれる特別条項を設けてこの両立をはかっている。つまり原則的には対等なはずの二国間条約にアメリカの都合だけに基づく条項が入っているということになる。こうした傍若無人ぶりはさすがアメリカという感じである…。

日米租税条約にもsaving clauseは存在する。第1条の4(a)項がそれにあたる(アメリカ政府による説明書(PDF)ではこの項がsaving clauseであることが明記されている)。条文はさらりと書かれているが、この「合衆国市民に対する合衆国の課税に影響を及ぼすものではない」という部分がsaving clauseになっていて、この効果により日本在住であってもアメリカ市民には属人主義によるアメリカでの課税が適用されることになる(通常、日本の居住者として日本でも課税される)。なお、この項に続く第5項でsaving clauseに対する例外が規定されているが、一般の個人について適用できそうな項目はあまり多くない。ただし23条(の、とくに第3項)が例外として認められている点は重要で、これによりアメリカ源泉所得に対するものも含めて日本で払った税金をforeign tax creditとしてアメリカ側で差し引くことが正当化される(後で詳述)。

ここで、このsaving clauseがとくに「合衆国市民」を明示して対象としていることに注意が必要である。すなわち、日本在住のアメリカ永住権保持者の場合は、第1条4(a)項によってただちにアメリカでの課税対象となるわけではない。このような状況の人は、日米それぞれの税法上それぞれの居住者と同時にみなされるので、dual-resident taxpayerと呼ばれる(IRS Pub 519 Effect of Tax Treatiesの項参照)。一般的に、租税条約にはtie-breaker ruleと呼ばれる条項があり、こうしたdual-resident taxpayerに対して条約上最終的にどちらの居住者とみなすべきかが決定される。日米租税条約では(あるいは他の租税条約でも一般にそうらしいが)第4条がtie-breaker ruleを規定している。

アメリカ永住権保持者の場合、まずアメリカ専用規定の2(b)が判定基準になる(なお、1条4(a)が「合衆国市民」だけを挙げていたのに対し、ここでは「合衆国における永住を適法に認められた外国人」も明示的に含まれていることに注意)。この文面はやや曖昧ながら、アメリカ国内には家や仕事を持っておらず、一方日本国内に持ち家なり借家なりの住み家があるような場合なら、この項によってアメリカ居住者であるとされることはなさそうだ。その場合は第3項が判定基準として用いられ、「常用の住所」の条件あたりから日本の居住者であるということになりそうである。

この場合は、租税条約が適用される範囲においてこのアメリカ永住権保持者がアメリカの課税システム上非居住者(nonresident alien)であると主張することが認められている(前記Pub 519のリンク個所参照)。またこの場合、tax returnにおいてForm 1040NRを提出する必要がある(ただしアメリカ源泉の所得がゼロのような場合でもその必要があるかは不明。1040NRのinstructionからはこの点ははっきりしなかった)。さらに、所得の合計が10万ドルを超える場合など、いくつかの条件を満たす場合にはForm 8833を1040NRに添付して提出する必要がある。

ちなみに、少しForm 8833の中身を見てみると、租税条約の適用によって無効化されるInternal Revenue Codeの条項を列挙せよなどというlineがあったりして、これを完成させるのは結構大変そうである。またこれも蛇足ながら、TaxActはなんとこんなFormまでサポートしていた(一方たとえばTurboTaxはサポートしていないようだ)。さすが、と思う一方、こんなマイナーっぽいフォームのサポートに割くリソースがあるなら他にもう少しやることがあるのではという気もする…。

さらにもう一つ注意が必要なのは、アメリカ永住権を8年以上持つ長期永住者(long-term resident, LTR)が租税条約上のnonresident alienの立場を取る場合は、税制上は永住権を放棄したのと同様の扱いになり、Form 8854も提出する必要があるということである。このことはたとえばIRS Pub 519 Chapter 4のExpatriation Taxの項や、Form 8833のinstructionに記載されている。Pub 519の記述でいうと、”Expatriation After June 16, 2008″の場合のExpatriation dataの項、”Former long-term resident”の3番目がこれに該当する。また、このLTRが200万ドル超の資産を持つなどの条件を満たしている場合は、永住権を本当に放棄した場合と同様にexpatriate tax(いわゆる出口税とか出国税と呼ばれる税金)も課せられることになってしまう。

こうなると、果たして租税条約上の恩恵を受けるのが本当に得策かどうかはかなり怪しくなってくる。出口税まで課される場合はおそらく論外だろうが、そうでなくとも、永住権を保持した状態でnonresident alienとしてtax returnをするとその後の永住権維持に悪影響がありそうというblog記事もあった。また、アメリカの非居住者扱いとすることで実際のところどの程度税金上の優遇が得られるのかというのも問題である。先のblog記事にもあったが、たとえばキャピタルゲインが非課税になるような国の居住者となるような場合なら、他のリスクや手間を考えてもアメリカ非居住者となる金銭的利点がそれなりに出てくる可能性もあるが、日本もそれなりに税金の高い国なので、二重課税問題を別にすればこうした点での恩恵はおそらくリスクや手間に見合うものではないだろう。

そこで、次のオプションとしては、dual-resident taxpayerとしての立場は維持しつつ、他の方法で日米での二重課税をできる限り緩和することが考えられる。まず、日本源泉の所得のうち、日本で給料をもらって働くようなケースであれば大部分を占めることになると思われる給与所得については、Foreign Earned Income Exclusionが適用できる可能性がある。この適用可否について、IRSの判定資料をざっと見た限りだと、少なくともある程度の期間滞在していれば対象となりそうである。また、一般的に、日本源泉の所得について日本で課税された分についてはアメリカ側でforeign tax credit(FTC)を適用できると思われる。さらに、以前のblogで書いた、FTCの請求可能額が租税条約によって制限されるという問題もここではないと思われる。ここでの仮定では、このdual-resident taxpayerは租税条約上日本の居住者となることになっているので、日本側で租税条約を適用した軽減税率や免税の特典は得られないはずだからである。

この場合の最大の問題は、アメリカ源泉の所得(アメリカからの給料などはないとすると、おそらく銀行の利子や株式などからの配当)についての税金だと思われる。まず、この所得に対して日本で課税された税金をアメリカでFTCとして取り返すことはできないだろう。FTCは外国源泉所得についての外国の税金を対象としているからである。一方、この所得に対してアメリカで課税された分については、日本側で外国税額控除を請求できるはずであるが、この場合も先のblog記事と同じ問題があり、租税条約上相手国(この場合アメリカ)で課すことのできる上限の税額までしか税額控除は申請できない(国税庁の基本通達95-5参照)。とくに、株式の売却などでキャピタルゲインが生じていると、租税条約上は居住地国でしか課税できないことになっている(以前のblog記事参照)ので、アメリカで課された税金はまったく取り返すことができずに100%二重課税となってしまう。

筆者の調べた限りでは、この問題を完全に解決できそうな方法は見当たらなかった。せいぜい、Foreign Earned Income Exclusionなども駆使してそもそものブラケットを低くしておいて、アメリカ源泉所得へのアメリカでの税率を下げてできる限り日本側で税額控除として取り返すことくらいであろう。また、キャピタルゲインが発生するような取引など、税額控除が取れなくなるような状況を可能な限り避けるということも必要になりそうだ。

ところで、日本居住のアメリカ市民の場合にはこの問題はない(あるいは少なくともかなり緩和される)。上述のように、この場合は租税条約のsaving clause(1条4項)によってdual-resident taxpayerのままにならざるを得ないのだが、逆にそのためにFTCについての救済措置が設けられている。23条の3項がこれにあたり、こうしたアメリカ市民に対してアメリカ源泉所得への日本での課税額をFTCとして取り返すことを認めている。他の条文同様、条約のこの文言だけ読んでもまるで暗号で、おそらくこのような理解に至るのは不可能だろうが、上でもリンクした英語版条約の説明書(PDF)で該当する項(92ページ)を読むと具体例付きでわかりやすく開設されている。

この23条3項の特例は、1条4項によってアメリカでの課税対象を強制された人に限定した措置であるため(日本語の条文だと「第一条4の規定に従い」という断り書きがある)、この強制対象でない永住権保持者には適用されない(と思われる)。これは、永住権保持者には租税条約上nonresident alienとなることを選択する余地があるため、ということなのだろうが、これまでに見てきたように、この選択はとくに日本の居住者の場合で考えるとおそらく得策でないことが多いと思われ、実質的には選択肢はないも同然なので、結局救済措置のない分不利なだけという結果になっている。

筆者にとってはかなりがっかりな結論だが、もし永住権を保持したまま数年程度の腰掛けで日本で働くというような機会が提示された場合に備えて、今回学習したリスクがあることがよくわかったということでよかったと思うことにしよう。

このブログ記事の配信元:

コメントを追加

認証
半角の数字で画像に表示された番号を入力してください。