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トランププランと今後の税法改正動向(1)「国境調整」

Max Hata
前回のポスティングまで7回に亘って4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表に触れてきた。考えてみれば、僅か23分の会見に7回ものポスティングを費やしたことになる。

で翌日以降のメディア等の反応は温度差はあったとは言え論調は似ていた。まず、主たる反応として「詳細なし」という点に対する失望感。これは大統領府として何をしたいかという方向性が欠如しているというよりも、議会との間で何もコンセンサスが得られていない結果と考えるべきだ。特に会見時点の4月26日では下院でオバマケア廃案に失敗したトラウマが残っていただろうから、大枠でも下院および上院がサポートできる内容となるまでは詳細は発表しない作戦だっただろう。これは下院も同じで従来は上院、大統領府が最終的に反対する部分があるとしても、まずはThe Blueprintに基づく条文案を策定して議論を進めるはずだったが、オバマケア廃案手続きのレッスンからある程度コンセンサスを得た上で条文案を公表という流れにシフトしている。その分、前段階でより多くの時間を使う結果となる。じゃあ、なぜあのタイミングで大統領府側が会見を開いたかと言うと、やはり以前から発表するすると言って延び延びになっていたので、取りあえず何かしないと形にならないというプレッシャーは大きかっただろう。以前にも触れたとおり、トランプ大統領は2月9日の時点で既に「今後2~3週間の間に「Phenomenal」な税法改正の発表をする」と言っていたし、2月末には両院を前にしたジョイントセッションで再び「近々に「Massive」な減税を伴う「Historic」な税法改正を公表する」とぶち上げていたからだ。その後、3月にも何の発表もなく、「Phenomenal」「Massive」「Historic」と言った大袈裟な形容詞だけが空しく印象に残っている日々を悶々と過ごしていた。また、詳細は合意に達していないとは言え、原理原則部分、すなわち、法人税減税、テリトリアル課税、ミドルクラス減税という誰も異論がないハイレベルな点に関してはで共和党も一枚岩になっているというプレゼンという意味もあったように思う。

会見もQ&Aがほぼ半分を占めてもトータルで20分強、サマリーも僅か1ページなので、そこに何が入っていて、何が入っていないという点を深読みしても意味がない。もしあの1ページに入っていることしか実現しないとしたら、ビジネスに関しては税率が15%になり、海外子会社からの配当が非課税になっておしまいだ。もちろん実際にはそうではなく、議会との調整が必要な核心部分、例えば、国境調整、設備投資一括償却、金利損金不算入、テリトリアル化の際の一時課税の適用税率、等は今後調整が要というのがメッセージだ。特に国境調整に関しては日本のメディアを見ると、会見で言及されていないことをもってなくなってしまったかのようなニュアンスの報道もあるがそれは間違い。現に5月23日、歳入委員会は国境調整に特化したヘアリングを開催する。これは米国時間の今日なので喧々諤々の議論となると予想されるが、様子分かり次第速報したい。

でも、だからと言って国境調整が最終法案に入るという保証もない。入るかもしれないし、入らないかもしれないし、それは歳入委員会にも誰にも現時点では不明というのが正しい現状だろう。国境調整に賛成するにしても反対するにしても、日本のメディアを見ているととても国境調整導入の意味、背景をきちんと理解した上で報道しているようには見えない。単に諸悪の根源のように扱われているが、内容も理解せずに、トランプ政権の通商ポリシーと混同して誤ってヒステリック気味に論じられているケースが大半。すなわち国境調整はトランプ政権のポリシーとはその根源が異なり、直接関係のないものという認識が欠けている。

ただ、DBCFTを理解していないのはメディアとか一般企業に限らず、例えば欧州の税務専門家でもよく分からずに早合点しているケースが多いと言う。オクスフォード大学のCentre of Business Taxationの重鎮が「欧州では、税務専門家も含めて、DBCFTはその本当の姿を理解しておらず、相変わらずBEPS的なアプローチを重要視して、DBCFTにはどのように報復するかしか念頭にないことが多く、これはDBCFTにとってとても不利な状況だ」と言っている記事があった。

最終的に反対でも、法制化されないにしても、国境調整とは何だったのか、実務的に制度化する際の難題も含めて少し深く再度ここで触れてみたい。

国境調整の正しい理解にはThe Blueprintで言及されている「DBCFT」をきちんと理解する必要がある。国境調整とかDBCFTと言うとあたかもトランプ政権の誕生と同時に生まれたり、トランプが気まぐれで思いついたり、Twitterで言及されたりしている突飛な税法、悪法というイメージがあるかもしれないが、決してそうではない。トランプが選挙運動中から度々言及している「国境税(Border Tax)」と用語がとても似ているのでそれがThe BlueprintのDBCFTの単なるメカニズムでしかない「国境調整(Border Adjustment)」とごちゃごちゃになり、国境調整=トランプの戯言的なイメージが定着している観がある。DBCFTが最終的に法制化されないとすると、それはDBCFTが無茶苦茶な提案だからということではなく、どちらかと言えば政治的に未だ受け入れられるものではないという側面が強いように思う。学者レベルではDBCFTはベストな税法、というか現状の法人税より全然ベターと考えられていることが多い。

The Blueprintのビジネス課税の部分の骨子は「DBCFT(Destination Based Cash Flow Tax)」、「法人税率低減(20%)」「テリトリアル課税」「金利の損金不算入」の4つから成る。これら4つは必ずしもセットで考えないといけないものではなく、個々の案を個別に導入しても、またどのような組み合わせで導入しても概念的には何の問題もない。The Blueprintではたまたまこの4つを一気に実行することで米国の投資先としての魅力を高め、かつ国内産業と輸入を米国において「Equal Footing」にする、すなわち同じ土俵に立たせることを目標としている。4つのうちDBCFTを除いては賛成反対は別として特に考え方そのものに余り論議を醸し出す部分はない。

DBCFTを法人税という枠で考えた国は従来存在しないので斬新だが、米国で事業を行う納税者側として頭から悪いものとして否定するようなものではない。セミナー等で折に触れて言っている点だが、DBCFTが導入されると米国では法人税は0%(実質撤廃)となり、代わりにVAT(または消費税)が20%が導入されたと考えると概念的に分かり易いし、若干語弊はあるかもしれないけど当たらずしも遠からずだろう。VAT20%は日本の消費税8%と比較すると若干高く感じられるかもしれないけど、世界でVATを導入済みの150か国の水準から言うと平均的な税率のように思う。これらの国のほとんどはVATに加えて法人税を持っているので、0%法人税の米国は究極のタックスヘイブンに化すると言える。日本におけるCFC課税とかは気を付けないといけないけど、米国的には過少資本(Section 385!)、Inversion、移転価格、BEPS等一切対応が不必要となるので納税者としてそんなに悪い話しではないと思うんだけど、メディアの影響かどうも評判が悪い。DBCFTになればもちろん僕たちの仕事は減ってしまうけどね。もちろん他国がDBCFTを導入するまでは米国でこれらの問題がなくなっても、他の国では引き続きBEPS的な対応を強いられるので、理想の姿としては多くの国がDBCFTを採択するということなんだろうけど、それは近未来には実現不可能なのは間違いない。今ではあり得難いシナリオだけど、米国がポリティクス的な障害を排除してThe BlueprintにあるようなDBCFTフルバージョンを採択できるとしたら、その後にそれに追随する国もあるかもしれないけど。貿易収支が黒字の国はしないだろうし、グローバルレベルで認知されるのは困難。

で、The BlueprintのDBCFTだけど、DBCFTの「DB」の部分は消費地課税を意味する。従来の法人税とかIncome Taxは恣意的な箱である納税主体に対して課税する国で作り出される付加価値を課税対象とするというものだ。したがって、米国のような高税率国では付加価値が高い商活動には従事するのは損ということになる。一方これを消費地課税すると、どのような主体だろうが、どの国で価値を生み出していようが、米国で消費・使用される商品、サービスのみが課税対象となる。となると、せっかく腐心してアイルランドに持って行った付加価値の高い無形資産も最終的にその価値が米国で使用される限りにおいてはアイルランドにあっても米国にあるのと変わらなくなる。逆も真なりで、米国外で使用されるのであれば、消費地は米国外なので非課税となり、わざわざ米国外に無形資産を置く意味が失われる。

無形資産より棚卸資産で考える方が概念的に分かり易いかもしれない。米国で一から製造する場合にはサプライチェーンを経由して最終消費者に渡るまでの過程で基本全ての付加価値に20%の課税が起こる。一方で米国外で消費される商品は米国内にサプライチェーンが途中まであっても、最終的に米国内で消費が起こらない限り、サプライチェーンを通じて非課税となる。輸入で米国に入ってきて米国で消費されるものは、輸入される段階までは米国のサプライチェーンを経由していないので、そこまでの付加価値には米国で課税されていないから輸入時点で20%の課税となる。輸入を罰するのではなく、米国から見ると輸入と国内を同じ土俵に立たせることとなる。これはまさしくVATのメカニズムだ。米国に他国から輸出されてくる商品は輸出する側のサプライチェーンの付加価値に対するVATは全て還付されているはずなので、その分、少なくとも米国で課税することで均衡を保つという考え方だ。

VATでは国境調整は当たり前のメカニズムで、むしろしないといけないに近い存在だ。VATであれば、個々のインボイスベースで国境調整を行うが、The BlueprintのDBCFTは法人税申告書を一年に一回出すという枠で実行するものなので、個々の輸入取引に20%のVATを課す代わりに、算数的には全く同じことだけど、納税者に輸入があれば、それを損金不算入とすることで総計で20%を徴収するというメカニズムだ。輸出も同様でVATの場合には輸出取引を免税とし、サプライチェーンで支払われていたVATは仕入控除とすることで輸出にかかわるVATは国内では課せられない仕組みとなっているが、DBCFTでは申告時に輸出売上を益金不算入し、一方で国内からの仕入れ等は輸出にかかわるものでも損金算入を認めることで算数的にはVATと同様、最終的に米国で消費されない商品にかかわる米国内20%課税は存在しないという状況を作り出す。

このように国境調整は消費地課税を達成する単なるメカニズムで、VATとか消費税の世界では当然のように適用されていて、当然日本でも堂々と適用されている。

次はDBCFTの「CF」の部分に関して。 ここからは次回。なお、米国時間の今日、下院でDBCFTに特化したヒアリングが開催されるので、その様子も分かり次第ポスティングしたい。
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