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目標額の無いリタイアメント・プランニング

ポピー

従来のリタイアメントプランニングは、「まず目標設定」から始まる(*脚注)。

INGのTVコマーシャルでも、オレンジ色の数字で書かれたリタイアメント資金の目標額を大事そうに抱えて歩く人達が出てくる。「あなたに合ったリタイアメントプランの目標額を見つけて、その達成をサポートします」という意図のCMなのだろう。皆さんの中にも、証券会社やネットサイトで、Retirement Calculatorなんてのを使って、目標額を計算した経験のある人達も多いのではないだろか。

しかし、目標額設定からはじめるアプローチにも欠点はある。特に株を含むポートフォーリオを持っている場合、目標額を達成できるかどうかは、株相場という不確実要素に左右される。リタイアメント資金が株相場に影響されて上下すれば、それを見ながら一喜一憂してしまうのが人情だ。リタイアメント直前に株価暴落なんて起きたらショックだろう。

以前にも言ったように従来の4%ルールを使う場合、リタイアメント時点でのポートフォーリオ総額はリタイア後の引き出し額に、つまりリタイア後の生活レベルに長い間大きな影響を与える。気になるのも仕方が無い。

実は、「目標額のないリタイアメントプランニング」というのも最近噂されている。東京の政策大学院大学(そんな学術機関があるんですね)のWade Pfau教授が提案するアプローチで、こちらに説明がある。

Safe Savings Rates: A New Approach to Retirement Planning over the Life Cycle

(このリンクはちょっとテクニカル。簡易版はこちらThe Economist誌に。

このアプローチではまず個人は次の数値を選択する。

1.リタイア前の(税込み)年収の何%に相当するお金をリタイア後リタイアメント資金から毎年引き出すか(脚注**)
2.何年働いてリタイアメント資金を貯め、リタイアメント後は何年生きるか
3.リタイアメント資金は株:債券の割合をどう分配して運用するか

個人がそういった基本事項の数値を決めると、Pfauさんのアプローチは「その人が働いている間に毎年税込み年収の何%をリタイアメント資金に貯めるべきか」を計算してはじきだす。この計算にはもちろん、過去の株市場のデータ等を使いシミュレーションしているので、大まかな構造は4%ルールとそう変わらない。

ただ、Pfauさんは、「リタイア時点瞬間でのリタイアメント資金総額」がいかに不安定なものであるかを認めて、「目標額」という指針を出す代わりに、「じゃあ(税込み)年収の○%をリタイアメント資金に回しましょう」といった行動指針を出す。リタイア時点で株市場が下がっていても、いずれまた盛り返すなら心配ないといったノリである(アメリカのファイナンス一般に、この「下がった株はまた上がるだろう」という楽観哲学)。

4%ルールがSafe Withdrawal Rate(死ぬまでお金がもつ引き出し率)と呼ばれたのに対して、Pfauさんは自分のアプローチの出す指針をSafe Saving Rate(死ぬまでお金がもつ貯金率)と呼んでいる。

上のリンク先のページ末にあるTable 1に載っているSafe Saving RateがPfauさんのパンチライン。

このTable 1によると、例えば40年働いてリタイアメントで30年を過ごす人が、株60%:債券40%のポートフォーリオを運営するとする(お年寄りの配分としてはアグレッシブすぎる気がするが、この種のアナリシスには標準的に使われる配分なのでここではこれを選択)。リタイア後は働いていた時の年収の50%相当を毎年リタイアメント資金から引き出すとすると、Pfauさんの計算するSafe Saving Rateは8・77%になる。年収の70%に相当する額を引き出そうとすると、Safe Saving Rateは12.27%になる。

働いて貯める年数を30年に減らすと、年収の50%相当の引き出しでSafe Saving Rateは16.62%。年収の70%を引き出すとSafe Saving Rateは23.27%。

もう少しコンサバなポートフォーリオ(株40:債券60)を選択すると、Safe Saving Rateは2~4%ぐらい上がる。また、リタイア後40年生きると設定すると、%はまた上がる。

「リタイアメント資金の目標額達成」は、貯金以外に株相場といった不確実要素も入ってくるのに比べると、「年収の○%を貯金しよう」という指針は今できることにフォーカスしている分、把握しやすいのはないだろうか。$○ミリオンといった天文額的な目標額に圧倒されてしまわずに、「ああ、それじゃあ」といった気軽さで(?)行動に移しやすそうだ。といっても、20%を越える貯金率を言われたら困ってしまうアメリカ人も多いだろうが。

このアプローチにももちろん欠点はある。

A.リタイアメント・ポートフォーリオの株:債券の割合は、年齢によって変えていくのが普通。
B.大抵の人の年収は経験・年齢などによって変化していくのが普通。
C.引き出し額というのもずっと一定ではないだろう。

Pfauさんはおそらく話を単純にするために、これらの要素を省いたのだろう。情報さえあれば、これらの個人差を組み入れてプログラムを書くことも可能だと思う。

D.過去の株式相場のデータを使っても、将来の株式相場の動向を正確に予測することは不可能。過去に起きなかったことが起きるな可能性もゼロではない。この問題は株を組み入れたポートフォーリオの予測計算にはつきもので、Pfauさんのアプローチに限られた問題ではない。前に書いた4%ルールの実践篇と同様に、想定外の相場展開になったら、臨機応変に行くしかない。

以前のF Friesさんの記事への反応で、貯金に関しては目標設定より、今できることに注目したい人が意外と多いことが判明して以来、Pfauさんアプローチの方が馴染みやすい人がいるかもと思って書いてみることにした。

401K制度下でリタイアメント資金が圧倒的に不足している人が多いのがアメリカの現状だが、制度再建にはこの種のガイダンスが必要ではないかと個人的に思っている。継続は力なり。今できることをコツコツ続けていくことがポイントなんだろう。

脚注:
(*)厳密にはまず老後の年間必要生活費を予測して、
目標額=(年間予想生活費ー予想年金受給額)÷0.04
といった感じで計算される。厳密にはインフレなんかも計算にいれるんでしょうね。

(**)20~30代の人に「老後の年間必要生活費は?」なんて聞いても「???」だと思う。一般にはリタイア前の税込み年収の70%あれば、リタイア後も暮らせるとよく言われる。個人事情次第だが、50%分をリタイアメント資金から引き出し、それにソーシャルセキュリティーの年金を足せば70~90%位達することが多いかと思う。

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